狩山 博文

臨床からみた薬物乱用の動向と病理
最近の動向
薬物依存者の心理
薬物乱用低年齢化についての理解
薬物乱用に伴う精神的変化


大久保圭策

ダメ絶対が崩れたら
最近の青少年の覚せい剤乱用の現状と課題




臨床からみた薬物乱用の動向と病理


3 薬物乱用低年齢化についての理解6)9)
久米田病院
狩山 博文
 
薬物乱用低年齢化についての理解6)9)
 薬物依存の形成には3つの要因が絡んでいると言われている1)。それは、「個人の要因」、「薬物の特性」、および「社会状況」である。薬物依存はこつの要因の積算で成立する。覚せい剤事例において顕著に表されている薬物乱用の低年齢化という問題をこれら3つの要因から検討してみたい。

1) 個人の要因[図3]
 薬物に対する心理の一つに「好奇心」が挙げられ、その対極として「恐怖心」が挙げられる。実際、中毒患者の多くは、薬物乱用の動機を開かれると「好奇心から・・・」と答える。しかし一方で、誰にも薬物に対する「恐怖心」がある。恐怖心は一般に好奇心を抑えるが、逆に好奇心を刺激する場合もある。遊園地のジェットコースターを思い浮かべれば容易に理解されることであるが、適度の怖さは好奇心をかき立てることがあるのである。従って、むやみに薬物の怖さを煽り立てることは却って好奇心を刺激することになりかねず、それにある心理的傾向が加われば、尚更少年たちを薬物乱用へ駆り立てることになる。実際に薬物依存の若年事例を通してその心理的傾向として注目されるのは、「ドロップアウト」、「反抗」、「内閉・現実逃避」の心理である。

1)−@ ドロップアウト型
 ドロップアウトとはすなわち落ちこぼれの心理である。そこには、自己評価が低くなる、それまで帰属していた仲間たちとの間に疎外感を感じる、将来に対して不安と悲観を抱く、自棄的になる、などの心理変化が混合する。その結果として自分自身を大切に思う気持ちが薄らぎ、それが薬物に対する恐怖心を鈍くさせるのである。実際に学業面で明らかにドロップアウトしてしまった少年ばかりでなく、家庭、学校、交友関係の中でそれまでの「良い子」を維持し続けることに限界を感じ始めた少年も内面的にはすでにドロップアウトし始めているのである。

1)−A 反抗型
 混乱した家族関係の中で少年たちが抱く親たちへの反抗心は、親たちが声高に押しつける世間一般的な価値観や道徳観に対する反目に彼らを走らせる。その結果、どの少年たちにも内在している薬物乱用に対する純朴な恐怖心は、彼ら自身の反抗心理によって否定され、自らをわざと薬物乱用へ向かわせることになる。

1)−B 内閉・現実逃避型
 近年青少年のひきこもりが問題となっているが、薬物の事例においても内閉・現実逃避といった心理的偏向から薬物に至ったと思われる者が見られるようになった。このタイプは元来おとなしく生活上特に何の問題もなさそうなのであるが、その内面は意外と空虚で、現実逃避的なサブカルチャーに親和性を持つ傾向がある.このため自ら規範からの逸脱を志向し、薬物乱用に走るのである。

 このような3つの心理的偏向が最近の若年薬物事例から抽出される.ただ、事例の一つ一つがこれら3つのタイプに上手くふるい分けられる訳ではなく、この3つの心理的備向がさまざまな割合で個々の事例に混合しているのである。
 しかし、実際に少年たちが薬物を使い始めるにはもう一つの重要な条件が必要である。それは、薬物を乱用する仲間との接触である。覚せい剤、シンナー、市販鎮咳剤、睡眠薬などいずれの薬物乱用の場合でも少年たちが最初から独りで乱用し始めることは極めて稀である。仲間たちから薬物の効果や使い方を教えられ、誘われ、薬物を譲り受けたりしながら乱用が始まるのである。乱用仲間との出会いとその存在は、ドロップアウトした少年にとって自分を救う新たな集団への帰属意識をもたらしてくれるのである。また、親への反抗を抱いた少年は、親や社会がその集団を「不良」とみなし少年本人との関係を断とうと躍起になればなるほど、それに反発してその仲間に深入りしていくのである。場合によっては、薬物乱用よりもそのような仲間とのつき合い自体を本人が求めていることもあり、「薬物は使いたくなかったけど、その仲間と付き合うには仕方がなかった。」と振り返る事例もあった。また、内閉・現実逃避型の乱用者におけるそのような「仲間」は、薬物乱用を肯定的にとらえるインターネットサイトや音楽などの中に存在する。いずれにしても、少年たちが薬物を乱用し始めるにはこのような乱用仲間の存在が必要なのである。そして、自分の逸脱をそのような仲間たちから肯定され受け容れられることによって益々薬物乱用が繰り返され、嗜癖に陥ってしまうのである。「クスリ(覚せい剤)をやる連中はみんな淋しいからクスリに走るんよ・・・。淋しくなければ、最初からクスリなんかやらない」と言い切った事例があった。

2) 薬物の特性 [図4]
 乱用される薬物には個々に特性があり、嗜癖性を形成する薬物の力に差異がある。薬物には中枢神経を興奮させることによって快感をもたらすものと神経の働きを抑制することによって快感をもたらすものとがあり、その嗜癖形成の強さを比較することは難しい面があるが、あえて単純に比較をするならば、タバコ<アルコール<シンナー・マリファナ<覚せい剤・コカイン<ヘロインという順位をつけることができるのではないかと思われる。米国では、10代の若者において、タバコ、アルコール、マリファナなどの比較的嗜癖性の強くない薬物の乱用が端緒となって覚せい剤、コカイン、ヘロインなどのより強い嗜癖性をもつ薬物の乱用へ発展することが指摘されている。このような傾向はわれわれが出会う薬物事例においても、シンナーやプロンから覚せい剤へ、あるいはマリファナから覚せい剤へという形で数多く認められている。合法的な薬物あるいは効果がマイルドな薬物であっても、それを乱用する習慣はより嗜癖性の強い違法な薬物に対する警戒の「敷居」を低めてしまうのである。他方、最近の覚せい剤乱用の低年齢化の中で、他の薬物乱用の前置きなしにいきなり最初から覚せい剤が乱用される事例が見られるようになった。このことは、前述した覚せい剤のマスキングを背景として、覚せい剤の蔓延が本当に身近なところにまで迫ってきていることを表している。

3) 社会状況
 「薬物乱用は文化的危機の時代に増加する」
7)と言われる。わが国の覚せい剤乱用の歴史においても第1次及び第2次の覚せい剤乱用期の始まりには各々時代の変革が認められている。
 低年齢化という特徴をもつ昨今の第3次覚せい剤乱用期においてもやはり大きな時代の変化を伴っている。バブル経済破掟の後「第2の戦後」とも称される社会変革の時期にあることは周知のごとくである。若者世代の中心は団魂の世代を親にもつ団魂ジュニア世代にあり、彼らの大半は核家族の中で育った。今や「家電」から「個電」(携帯電話、ウォークマンなど)の普及に象徴されるように、核家族の中でさえ生活や娯楽は共有されなくなってきている。もはや核家族ではなく、「単家族」化しているとも指摘されている。このような状況の中での現在の若者のあり方は「ホームレス主義」、「ストリート世代」とも称されている
3)
 では、変貌したのは若者の方だけであろうか?
 ここで再び話を薬物事例に戻すが、最近、全く家庭問題を抱えていない子供も薬物乱用に走ると言われている。しかし、個々の事例を詳細に検討すれば、外見上は普通の家庭にみえても、その内側では実質的に家族関係が壊れている事例は決して少なくない。「ソフトな虐待」とでも言うべき家族病理が家の中に隠されていることもある。核家族という小さな心理的空間の中で絆と居場所を失った若者が心理的にホームレス化したとしても不思議ではない。昨今の若者世代の変貌の陰には核家族の変質が見え隠れするのである。
 第3次覚せい剤乱用期の始まりと若者世代の中心に団魂ジュニア世代が登場したこととは時間的に重なっている。低年齢化した薬物乱用問題を理解する視点の一つはこのような社会の変化に据えられなければならない。
 因みに、海外では発展途上国のストリートチルドレンにおけるシンナーなどの薬物乱用が一つの問題となっている。豊かなモノに恵まれたわが国の若者たちと途上国のストリートチルドレンの生活のあり方は当然大きく異なるが、ホームレス化・ストリート化が薬物乱用に結びつくという共通点は見出されるのである。