1.なぜ今、薬物依存なのか 今までも若者のシンナー乱用は、青年期の精神保健、学校保健の課題の一つでした。今もシンナー乱用は若者の精神保健にとって大きな問題の一つです。しかし、ここで問題にしているのはシンナーに限定したことではありません。むしろ、ここで取り上げるのは最近若者の間で増加傾向(Q&Aを参照)を示しつつある覚醒剤(エス)の乱用、依存についてです。 |
2.アクセシビリティーの増大 これまで日本で薬物依存、特に覚醒剤があまり問題にならなかった原因の一つは、アクセシビリティー(accessibility=近づきやすさ)の低さにあります。 |
3.アブリの登場覚醒剤が身近になったもう一つの大きな理由の一つは、アブリといわれる摂取法の登場です。普通、TVや日本映画で見る覚醒剤というのは注射によって摂取されます。昔の日本映画などでは、湯飲み茶碗の裏で覚醒剤を水道水で溶かすようなシーンがでてきます。このような場面を見ると、覚醒剤というのはいかにも「アブナイ」薬という感じです。注射による薬物の摂取は、吸引や内服などの方法に比べれば作用ははるかに直接的ですから、逆にその様な方法で薬物を摂取することに対する不安も大きいといえます。そもそも自分の腕に自分で注射するということ自体が、慣れなければなかなかできるものではありませんから、どうしても最初は誰かに打ってもらう、あるいは打たれるということになるでしょう。これでは、「シロウト」は容易に近づけません。 しかし、覚醒剤=注射というイメージに反して覚醒剤の摂取方法は実に多様です。砕いてストローで鼻から吸い込む方法、ジュースなどに混ぜて飲むことも可能です。それから、最近増加傾向にあるアブリという方法です。アブリというのは、アルミ箔などの上に薬をのせてそれをしたから火であぶって、気化した煙を吸い込むという方法です。こうなると、覚醒剤の「空恐ろしい」感じはぐっと少なくなります。注射だったら「死ぬかもしれない」と思ったとしても、煙を吸ったぐらいでは「死ぬほどのことはないだろう」と思うでしょう。それに、この方法だと注射器などを手に入れる必要がないわけですから、薬が手に入りさえすれば、いつでもどこでもお手軽に覚醒剤が楽しめてしまうわけです。 このような手軽な方法の流行は、入門薬(ゲートウェイ・ドラッグ)と呼ばれるマリファナなどからの移行も非常に容易くしてしまいますし、最終的な薬物であった覚醒剤を入門薬(ゲートウェイ・ドラッグ)に変えてしまう可能性すらあり得ます。 最初はアブリから入っても、口述するような覚醒剤の耐性からより強力で即効的な作用を求めてゆくゆくは注射でということになる可能性は低いとは言えないでしょう。 |
4.シャブからエスへ呼称の変化も見逃せません。これまでシャブやポンと呼ばれていた覚醒剤は、最近はエスあるいはスピードと呼ばれます。エスというのはスピード(Speed)のかしら文字ですが、この呼び名は覚醒剤が身体のいろいろな働きを文字通りスピードアップするというところから来ています。脈拍も呼吸も速くなり、頭の回転や動作も非常に速くなったように感じるからです。 シャブという名前の持っているメタファーは、かなり暗いものが多いでしょう。シャブという言葉は、端的に暗くやばそうなイメージを持っているために、自分でそれを使うということになるとそれなりの覚悟が必要になるでしょう。ところが、エスとかスピードという新しい呼称は、なにやらポップなイメージを持っています。例えば、スピードという名前は、大ヒットした映画のタイトルであったり、中学年代の4人組ポップグループの名前と同じなわけですから。 むしろ、逆に子どもたちにとっては、エスやスピードという名前がプラスの価値を持つ言葉になってしまう可能性があります。「ちょっと進んでる」というようなニュアンスがでてきているということです。たとえば、一時代を画したサイケデリックの流行の際、LSDという薬物の持っていたニュアンスは、覚醒剤とは全く違うものでした。LSDという言葉が持っていたイメージは、決して暗いという感じではなく、むしろ少し進んでいる既成の価値に縛られない自由な感じを持っていました。イメージが重要な選択基準となっている現代の子どもたちにとって、このような名前のもつイメージの変化は重要です。「シャブを打たへんか?」だとちょっと引いてしまう子でも、「スピード決めてみねーか」という誘いには乗ってしまう可能性があります。枚方パークには行かなかった若者が、ひらパーなら行くというようなものです。 |
我々のクリニックは薬物依存専門のクリニックではありません。むしろ、すでに依存症に陥っている人に対してはほとんど何もすることができません。すでに依存症と思われる方は、適当な治療施設を探されることを進めます。依存症は、依存症専門の病院や診療所を受診される方が賢明かと思います。適当なところが思い当たらない場合は、最寄りの保健所、または最寄りの警察に問い合わせてみてください。